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ブログ倉庫1(2005/4-2014/10)

8/11木曜の夜遅くに東京を出て、友人Y氏の軽井沢別荘へ.次の日から行われる「NEC軽井沢72ゴルフトーナメント」、Y氏のサポートするシード選手、山口裕子プロをバックアップする為に狩り出されたのだが、山口プロには、我々のコンペにも出ていただいたりしているので、待ってましたとばかりにでっぱってきた.
8月の軽井沢は気違いじみて人が集まるので、プロ達も普段のトーナメントに比べてもいろいろな面で大変である.そこで、Y氏と共に山口プロを応援するS氏の北軽にある別荘を宿泊場所として提供し、Y氏は主に彼女達に美味しい食事を提供して頑張ってもらうというサポート活動がここ何年か続いているという事だ.
高速の事故渋滞と大雨に巻き込まれたせいもあり、南軽井沢のY氏邸にたどり着いたのはもう深夜1時近かった.Y氏は明日の彼女達へのメニューを考えて大量に食材を買い込み、スパゲッティソースやらなにやらの仕込みの真っ最中.料理は彼の大得意なのだ、若い頃イタリア料理屋でバイトをした時に仕込んだ腕はかなりなもので、プロ達だけでなく彼の家に来るみんながその料理をいつも楽しみにしている.仕込み中のものの味見をおつまみにして二人でワインを飲みながら明日からの相談をする.
明日はトーナメント初日なので、プロのラウンドには付かないで、自分たちだけで72の別のコースを回り早めに上がって、プロ達の夕食の準備をして美味しいものを食べてもらう.yamaguchi明後日土曜日は予選ラウンド2日目、一番大事な日なのでプロのラウンドについて応援し、同じように夕食の準備と続くのだが、この日は庭でバーベキューをして、別荘のあるレイク・ニュータウンの3,000発の花火大会まであるので、それらを楽しみにY氏の奥様、子供に、Y氏の知りあい夫妻、僕の女房などが、一挙に集まってくる事になっている.そして最終・決勝ラウンドの日曜日は、みんなでプロのラウンドに付いてトーナメントを楽しむという盛りだくさんの予定にあらためてびっくり.
いつもは自分のゴルフに一年中熱中しているY氏が「大雨だし、明日の我々のラウンドは無理だね、ゆっくり起きて買い物にでも行きましょうか」などと言い出すので、真夏の軽井沢での爽快なゴルフを楽しみにしてきた僕としてはなんともつまらない.2,3年前までゴルフや、遊び事では有名な雨男と自分でも認めていた僕だが、なぜか最近はそれが逆転していて、何となく明日の朝になればゴルフができそうな気がしたので「朝起きて無理そうだったらやめましょう」と言って寝る.
朝7時頃に白樺の林を落ちてくる雨の強い音で目が覚めると、Y氏がゴルフ場にキャンセルの電話を入れる声が聞こえた.まあ、できないんだったら仕方がないか…とあきらめて少しベッドでまどろんで、結局8時過ぎに起床.コーヒーを飲んでいるうちに何となく外の雨の音が消えているのに気づく.空を見上げて、二人のどちらからともなく「できるかも?」.案の定もう一度72に電話してみると、同じようなキャンセルが多く空きができたので今からでもOKとの事.
「ほら、やっぱりできたでしょ」と、スタートする頃には雨は完全に上がっていた.やはり同じように飛び込んできた滋賀県からの40代前半のご夫婦と一緒にスタート.我々二人のゴルフはいつもの通り低いレベルでの取ったり取られたりだったが、ご一緒した川岸良兼風のO氏がいきなり2バーディ、1イーグルという35を出してびっくり.世間には上手いアマチュアもいるもんだ.
不調な僕が負けて何枚か払うとその分で肉を買おうと言ってY氏の頭の中はあくまでも夕食の事で一杯の様子.あれほど買い込んだというのにまたスーパーに飛び込んで買い始める.あきれかえるがここはシェフ任せにするしかないので、ゴルフウエア、スパイクのスタイルのままショッピングワゴンを押してついて回る.
テーブル、お酒、料理と、準備万端整って待っていると、6時近くになって山口プロが、今回キャディをお願いしているこちらもプロゴルファーの新坂上ゆう子プロと一緒に、ちょっと不似合いな軽自動車で現れる.スポーツ選手なので当然だが、よく食べよく飲む.それもとても気持ち良く食べ飲んでくれる.とても礼儀正しくて、言葉使いもしっかりしていて、自分の食べた食器の片づけなどにも気がつくし、ゴルフのプレーは明日見られるが、その人柄の素晴らしさと頭のクレバーさににびっくりする.Y氏が必ずしも自分の料理自慢の為だけにではなくて、その人柄にほれてサポートしているのがとてもよくわかった.まだ食べられるの?…という段階からY氏特製のスパゲッティと美味しいスープを平らげて満足そうに引き上げて行った.
予選第1日は好調で2アンダー、70を出して、15位タイとの事.予選通過は余裕の感じで明日のスコア如何によっては優勝争いに絡む可能性もあり、明日の応援を約束してファミリーバッジをもらう.15位タイ、8時46分のスタートというので僕は「早く起きて、早朝ハーフラウンドしてから応援に行こう」と大胆な提案.うまく起きれれば、6時44分スタートでハーフラウンドを1時間半ぐらいで回っても余裕で山口プロのスタートに間に合うのだ.<続く>

名前が決まらない名無しの男声合唱団、とりあえず「NANASHI」としておく.8/21(日)〜23(火)の日程で八ケ岳合宿が決まった.早朝から深夜まで歌いっぱなし…というガンバリ系の合宿ではなく、涼しいところで合唱を中心にだが、ゆっくりと美味しいものを食べたり、水に、山に遊んだりしようという計画だ.
初日は夕方、八ケ岳は小淵沢に集合し小さな我が山小屋にて合唱練習、その後全員揃って夕食、泊まりは近くの親しいペンション.
2日目は遊びから、午前中にゴルフorテニスor乗馬または尾白川渓谷ハイキングなどをして遅い昼食.その後清里に移動し、清里の森音楽堂のステージを借りての合唱のメイン練習会を暗くなるまで.そしてペンションに戻ってのバーベキュー・パーティで飲み食べる.満点の星空の下でエンドレスな夜になるでしょう.
最後の3日目はゆっくり起きて帰りの仕度.前日の遊びの続きを頑張る組や.帰りがけに勝沼のワインの里を訪問の組など.三々五々帰路につく.暑い暑い東京を離れて、親しい仲間との涼しいミニ・バカンス.この夏の一番の楽しみだ.
今からでも参加希望の方は受け付けます.合唱の経験不問、初心者大歓迎します.

吉田氏の会社マークスの第10回コンペに参加した。土浦カントリーC、朝7時半のスタートという事で、成田に前泊したのはもう話した。
久し振りのゴルフにあまりというかほとんど期待はしていなかった。今年はラウンド数も極端に少なくて、打ち込みはしていないし、また雨男と長年言われた男がこの梅雨の真っ盛りに行くのだから雨はしっかり保証されていたようなもので、実際に前日も雨、当日の天気予報も雨。何を期待しろというのか、早朝の気持ちの良い空気と、空港近くの青々しい畑の連なりの壮快なビュー。今日はこの朝の爽快感だけで良し…と欲のまったくないままゴルフをした。案の定、スタートからつまずく。一番のティーショットは最初の組、マークスの生きの良い若手達が見守る中で、吉田氏とまずまずのドライバー。フェアウェーから残り、 100ヤード。砲台グリーンの正面に大きなバンカーが口を開いている。素振りもしないでスタートしたせいで、ピッチングかウエッジか迷ってしまった。普段ならちょうどウエッジで気持ちよく振れる距離だが、まだ体も暖まっていないからピッチングがいいか?などと迷った末に、結局はウエッジを持って、気持ちよく振り抜けたと思ったのだがバンカーに入れてしまった。朝一のバンカーくらい嫌なものはない。あっというまに「うちのバンカーは砂が重くて薄いから難しいんですよ」というキャディーさんの声を聞きながらグリーン奥にホームランしてしまったボールを探しに走っていた。結局一番は寄せ切れずダブルボギーでの発進。やってない弱みかその後も、バンカーからのホームランが影響してグリーンを狙うショットが腕が縮んでスコアにならない。ドライバーは悪くないのだが上がってみたら47回も叩いて、スクラッチで握っている吉田氏に5つもおいていかれた。
10時すぎにハーフを上がってみるとまだスタート前のプレーヤー達がたくさん練習グリーンにいる。悪い予想通り折り返しのスタートまで1時間半もできてしまった。レストランではもうパーティー状態になってしまい、ビールだけのつもりがワインや酎ハイが前に並んでしまった。
しかしゴルフはわからないものだ。もうそんな状態でゴルフどころではなくスタートした後半の出だしはロングホール。ドライバー、スプーンでグリーン直前まで運び、ウッジでコツンと打ったら、もうひと転がりであわやイーグルというOKバーディーのスタートになった。アスリートゴルファーを目指しているつもりなのだが、やっぱり典型的な酒呑みアマチュアゴルファーだとわかった。そのくらい酒の効いた後半はすごかった。バーディを皮切りに4連続パー、ドラコンホールではキャディーさん曰く「絶対に誰も抜けないよ、300ヤードはいってますよ!」という当たり。その後ボギーを1つ打つも7ホール終わってなんとパープレー! 俄然色気が出てきて「久し振りの30台は確実。生涯3度目のハーフ、36が出るかも」と色気を出してしまったのが敗因だった。
午前中5ダウンで挽回不可能かとあきらめていた吉田氏との勝負も逆転で一歩リードした状態で迎えた8番にあまりうれしくないドラマが待っていた。フェアウェー前方左側120〜180ヤード位に渡って池があり、その先がブーメランのように左にフェアウェイがカーブしている。正面真っ直に打つと220ヤード位でフェアウェーを突き抜けて林の中という。少し待たされている間に、今日好調なドライバーでフック気味にしっかり打とうとしていた気分から、「奥の林が嫌だからスプーンかな、クリークの方が自信はあるけど風はアゲインスだからな」と迷いだし、結局は一番信頼感のないスプーンで中途半端に打ったら見事なテンプラで、考えてもいなかった池の中に…。今考えればそれも自分の実力のうちではあったのだ。キャディーさんから「前進4打でいきましょう」と言われて「ダボで上がって、最終ホールパーでも38か、でも前進4打で救済されての38なんてつまらないなあ」と急にテンションが下がってしまった。本当はそこで「いや、すみませんがここから第3打を打ち直させて下さい」と言って粘らなくてはならなかったのだ。それを早々とあきらめてしまい、その後を投げ出してしまったから、今になって悔やんでいる。
詰めの甘さとタイトルには書いたが、そうではなくて気の弱さだ。最近、いろんなことから潔くすぐに手を引いたり、諦めたりするのだが、なんか逃げているような感情がいつも残ってしまい、自己不信の元凶になっているのは認識していたのだが、こうもはっきりとゴルフで出てしまうとかえってしっかり向き合ういいチャンスだと思える。もうちょっといろんな事に執着心を持って、すこしは泥くさくても粘ってみようという気になってきた。
で、結局後半はいくつ叩いたかって? 8番トリプル、9番もトリプルで6オーバーは42のいつもの数字になってしまいました。トホホ! 優勝はベスグロで吉田氏で、賞品から社員各位との握りまですべてかっさらっていってしまったのだが、僕との握りだけはなぜか僕が勝って、唯一吉田氏から頂いたのだ。
よし、この夏からは、粘っこくいくぞ、格好わるくても投げ出さないぞ!

始めたばかりの男声合唱団の練習も一昨夕で4回目になった。順調にと言いたいところだが、まだ気分よくハーモニーを楽しむだけの人数が集まらないのが残念なところだ。
しかし練習に借りているスタジオの響きがとてもいいのに助けられて、それなりに豊かな響きを感じながらの練習は非常に楽しい。今現在登録している人数は15名ほどで、練習に集まるのが6〜10名、時には4つのパートが成立しないときもあるがそれでも楽しい練習にはなる。
まずは体を使って大きい声を出すという事が文句なしにストレス解消になるし、大きい息を使う事で血が体中を巡り頭の廻りも良くなって食事もおいしくなる。
そんな素晴らしい合唱を楽しもうと思ったらとても簡単だ。まず自分の持っている声にあったパート(高い方からテノール、バリトン、バス)を選んでもらったら、曲のそのパートの歌(メロディー)をゆっくり教えてもらう。隣や前後には自分と同じパートの人が集まっているので、それにまざって少しずつ覚えてゆけばいい。自分は覚えきれなくてもパートとしてある程度覚えられたら、他のパートと一緒に歌ってみる。もちろん他のパートの人達は違う歌(メロディー)を歌うのだが、そんな違うパートの歌が4つの層に重なって一緒に歌うと、そこになんとも得も言えぬ響きの固まりハーモニーが出来上がるのだ。これが聞こえてきたらもう嵌まってしまう事間違いなしだ。
合唱のいいところは自分の声や歌の実力では到底表現できないような歌を本当に自分で歌った気分になれる事です。一人の声は小さくても同じパートをたくさんの仲間とともに歌う事により立派な歌となり、さらにはそんなパートが4つも集まりダイナミックな響きを作ってあたかも自分自身ですべて歌っているように聞こえてくるのだ。
人間の声の響きはどんな楽器よりも素晴らしいものだというのが合唱をやってみればわかるし、自分も世界に一つしかない声のストラディバリウスを持っているというすごい事に気づくに違いない。
そんな声の中でも、男性の声というのは本当に素晴らしい楽器なのです。
人体構成上かどうか知らないが、女性の声は出たそのままの声で響きが薄く一面的であるが、男性の声は非常に複雑な響きをたくさん内蔵したもので、深く、柔らかく、厚い素晴らしい響きを作り出してくるのです。だから男声合唱の曲というのは爾来複雑に凝り固まった曲は出来てこなかった。単純すぎてつまらないようなメロディーでも男声合唱にすると、すぐに歌いながら涙の出てきそうな名曲となって心をとらえるものになるのだから不思議です。
我が合唱団にも、いつでもどこでも仲間が集まったら歌えるような一番のレパートリー曲、つまり「団のテーマソング」みたいなものにしたい曲が見つかりそうなのです。
「シェナンドウ」という古いアメリカの曲だが、メロディーを聞いたら「ああ、聞いた事がある」と言い出すような懐かしいメロディです。これが男声で合唱にするといいんですよね。最初、メロディーをみんなで覚えて、その途中からちょっとだけパートを二つに分けて覚えてもらい、早々と一節だけハモってみたら、みんなの顔に何とも言えない笑顔が浮かんできて「いいね、この曲。たまんない!」と声が上がってきた。
いまこの「シェナンドウ」にみんな夢中で、英語の歌詞にも関わらず奮闘している。
そして昨夜の練習では、ついに最後まで音取りが進み、曲の最初から最後まで全部通して歌ってみたら歌えたのだ。やった、ついに新しい曲を一曲…、いや自分たちの歌を見つけたかもしれない。
練習後のパブではもちろん、新合唱団での新曲一曲制覇で乾杯した。
こんな楽しい男声合唱の仲間にあなたも入りませんか?

さて自宅サーバを立ててLinuxを勉強してここまで来た.Macにべったり張り付いて遊んでいても良かったのだが、コミュニティ参加型のフリーOSのFedoraCoreを選び、それを追いかけながら、その成長と共にコンピュータの基本であるUnixについて沢山学んだ.今年に入ってから、でき合いの物でない自作のコンピュータが欲しくなって躊躇していたが、ついに10日ほど前に買ってしまった.自作という事にこだわりながらも格好良く使えるものと考えて、今流行りのキューブ型の小さなデスクトップで静音のものを見つけた.台湾のShuttle社の製品、キューブ型で小さい物だとどうしても考えるのがCPUなどの過熱対策であるが、単純に「日本よりも高温多湿の台湾の製品ならその辺は大丈夫だろう」と考えての決断である.一からの組立ではなくて、筐体にマザーボードと電源ユニットがすでに納まっているいわゆる「ベアボーン」型だ.それにあわせてPentiam4のCPU、DDRメモリー、それにHDとComboのドライブを購入する.CPUの組み込みにはちょっと神経を使うが、後はほとんどプラモデル感覚で組み立てられ所要時間2時間ほどででき上がる.乗せるOSでちょっと迷った.Windowsを乗せて、自宅サーバからのHP他の発信のチェック用にしようかと最初は考えていたのだが、ここのところのLinux関係の動きが非常に活発になっていて魅力が増している.サーバに使っているFedoraCore3もアップデータが大体修了し非常に安定してきたし、今月末には正式版としてFedoraCore4も発表される.さらにヨーロッパで一番のシェアを誇る非常にクールで安定したSuSeLinuxの日本語版も安定版が値下げされて発売された.このLinuxのディストリビューションの相次ぐ新バージョン発表の目玉は、OpenOfficeというオフィス・スイートの安定版のバージョンアップだ.悪名高きマイクロソフトのWord、 Exelなどをしかたなく使わざるを得なかったユーザを完全に自由にしてくれる素晴らしいソフトの登場だ.考えればLinux自身の発展も、その動機の大きな部分では、永遠に高いロイヤリティを払わせられてウィルスべったりのMicrosoftのWindowsへ反旗を翻すところから始まっているのだから、ここでこのOpenOfficeの完成によって完全にMicrosoft、Windowsを捨て去れる状況に到ったのだ.そう考えてOSはフリーの FedoraCoreに決めた.FC4が雑誌の付録で月末に出るのを待つのも芸が無いので、とりあえずはサイトからダウンロードしてFC4 test3という試験版を入れてみる.すでにこれにもOpenOfficeの最新版は組み込まれている.外は良い天気が続く一番の季節だが当分部屋から離れられそうもない.

やはり我らが代表は信じていた通り強くなっていた.僕も経験があるが、大きくて重要な舞台などの経験を積めば積むほど、いわゆる大一番での集中力が飛躍的に増し、それによってパフォーマンスのレベルが飛躍的に高くなるのだ.それを実力がついた、強くなったと言う.まさに日本サッカーがそうだろう.急成長しているがもうひとつ経験の浅いバーレーンの戦いぶりを見て、ドーハの悲劇とか今一歩のところで躓いていた頃の日本代表を見るようだと誰かが言っていたがまさに実感だ.水曜日の北朝鮮戦で一気にドイツ行きを決めて欲しいとは思うが、退路の無いところでギリギリの集中力で戦う代表の試合をもっと頻繁に見たいと思うのはあまのじゃくでわがままな願望だろうか.

朝7時半スタート、千葉を抜けた先の茨城のゴルフ場でのコンペ、車がない状態の今の自分を心配してくれた友人の吉田氏と前夕から成田に行って泊まった.吉田氏はこのところダイエット中で昼飯は毎日、立ち食いそばだと言う.私は、車が電車通勤になり移動に時間とエネルギーを以前よりも沢山消費するようになったのだが、大学での授業、レッスンは夕方以降の都心などへの用事の為の移動を想定して超過密にしてあるせいで、相変わらず昼飯抜きの状態が続いていて、胃袋がかなり小さくなってきている.そんな二人の意見の一致したのは、夕食が大切で、沢山はいらないが、美味しいものをこだわって味わいたいという点であった.全日空成田ホテル13Fのスカイダイニング「彩風」はそんな吉田氏がインターネットで検索して、おもしろそうだという事で、顔を出してみる事にした.13階から成田の滑走路の方を見渡す広いパノラマを楽しみながらの非常にゆったりとした空間が穏やかで豊かな時間を作ってくれている.「季節折々の旬の食材を和食と洋食を融合させた、シェフオリジナル創作料理で」といううたい文句のとおり、メニューには和と洋の非常に沢山の料理が並んでいた.ビールで空きっ腹を刺激しながらも、すぐにお腹を一杯にしたくないので、3品ほどのオードブルの他に、和牛肉のステーキ/活伊勢海老のソテー/活鮑の蒸し焼きなどがワンプレートに乗ってくる「よくばりディッシュプレート」(ファースト)¥9,240-をお願いして二人でつつく.さてワインを、と考えるのだが、こういう時は「ハウス・ワイン」とお願いして、お店の基本的な品定めをさせてもらうのも最近憶えた楽しみ方の一つだ.ミディアム・ボディのどんな料理にも違和感のないような赤が出され、本来、美味しければ何でもいいと思う二人ともに、その飲みやすさに銘柄などを記憶に留める事を忘れてしまった.ただそのワイン選びのうまさが料理にも繋がっていた.
メニューを見ても特別びっくりさせるような仕掛けはないのだが、よく見てみると和と洋の考え込まれた品目の多種さが目に付き、一見、ファミリーレストラン風かな..などと心配したのだが、出てきてみると料理のその中身の繊細で本格的な味作りや、また和と洋がしっかり並んでいながらもそれぞれの料理が他の料理と程よく喧嘩せずに楽しめるように味作りされているのには二人してびっくりした.
昼間疲れて小さくなった僕らの胃袋には、量はそんなに要らず、一品一品に込められた、丁寧な味作りやかくし味などをみつけながらリラックスした時間を楽しめたと感じた時、ああ美味しいお店だなと思った.個人的な最後の締めとして、メニューにはないのだが、大好きなアスパラがあったらとお願いして茹でてもらう.ワインを二人で2本空けた頃に、そっと後ろにシェフらしき方が来てくれた.以前はフランス料理だったというシェフの長島正宏さんと気さくに話ができたのも楽しかった.
明日がいくら早いゴルフでも寝るのには早過ぎるので、バーに移動してなどと考えるのだが、ここではそのままバーのカウンターに移動できるというので、これも我々には大いに受けた.
夏休み中にでも家族連れで和・洋のオリジナル・コースなども楽しめるような空間を見つけたようだ.
*全日空成田ホテル 13Fスカイダイニング「彩風」: 286-0107 千葉県成田市堀之内68番地  0476-33-1311

5月ももう終わるという日、めずらしく寒い雨が降る中、河口湖へ行ってきた.4月から5,6月と富士山麓は最高の季節で、毎年クラブを担いで仲間達と遊びに通うのだが、今年はなぜか4月に1度行ったきりだった.いつも遊ぶ拠点は決まっていて、そのうちの一つはもちろんゴルフ場.お気に入りは「鳴沢ゴルフクラブ」と「富士レイクサイド」.そしてゴルフの後では森の緑に囲まれた中でのビールや季節の山菜を楽しむのが最高の時間だ.一つは浅間神社の森に隠れた美味しいレストラン兼ペンション.料理教室を開いている奥さんのこれ以上ない美味しい料理をこれでもかと毎回堪能している.そしてもう一つのお気に入りの遊び場所が、ゴルフ場のすぐ横にあるKさんご夫婦の別荘だった.標高1,200mの森の中に、東京・六本木から移り住んだKさんがご自分で設計なさって建てた素敵な八角形の建物で、二階から上に作られた音楽専用の素晴らしい木作りの空間はいつ行っても別世界だった.真ん中に掘られたピアノ4台分ほどの円形のスペースを中心にして、その外周と壁の間がやはりソファーセットを置けるほどの幅がありぐるっと取り巻いていて 2,30人が好き勝手に寛げるようになっている.富士山頂に向った南側は140度ほど開いて4m位のガラス張りで外の大木の幹や森の緑を見せてくれる.南側はさらにいちだん深くなって教会の祭壇のような作りで、パイプオルガンのパイプがいぶし銀に光っていて、その金属の光と天井全部を覆った自然の木材のコントラストが美しい.建てた当初はここで沢山のコンサートを開いたと聞いた.
何年か経ってKさんはまたご自分で設計なさって、河口湖の反対の湖水の辺に、今度はスペイン風なお家を建てられて、そちらに居を移された.そんな頃にKさんご夫婦を知った僕は、八角形の音楽堂を音楽大学の学生達の合宿の時のレッスン用に貸してもらうようになり、それからは季節季節にこの八角形の別荘に訪れるようになり大変幸せな時間を作ってもらった.いろいろな事情があってこの別荘を人手に渡されるとお話があったのがこの4月で、正直びっくりもしたが残念でならなかった.そして先週、奥様からお電話を頂き久しぶりに中央高速から富士の懐、緑の中を走って別荘に駆けつけた.1年で一番緑色の鮮やかな今、雨にしっとりとぬれて霧のベールを被った八角形の懐かしき館は、主人が替わるのが気に入らないのか、ちょっと寂しげに見えた.時間の止まったような会話を一時間半ばかり交わしての別れ際、奥様から自宅で育て上げたというクレマチスの鉢をいただいた.雨に濡れた6弁の紫の花は自然の緑の中でとても幸せそうに見えたが、東京のコンクリートの上に持っていって機嫌を悪くしないだろうか?

今朝早朝、欧州チャンピオンズリーグの決勝戦、ACミラン対リバプールを見てまだその興奮からさめない.
劣勢だと言われたリバプールが王者ミランに前半だけで3点も入れられたのだが、なんと、なんと後半あっというまに3点を取り返して3-3に持ち込み、延長戦の後、最後はP.K戦を制して、逆転優勝をしたのだ.
実は準決勝でそのリバプールに負けてしまったチェルシーを、今年はプレミア、CLともずーっと応援していたので、そのチェルシーの分もプレミア勢のリバプールに勝って欲しかったし、ランパードのライバルのジェラードには大活躍をして欲しかったので、TVを見ていて夢じゃないかと信じられないほどすごくうれしかったし、なんともその勝ち方が感動的でしたね.
実力では王者ミランに一歩というか半歩ぐらいは譲るところがあったのだろうと思いますが、地道に自分たちの力を信じて、3点入れられても、キレるわけでも投げ出すのでもなくて、自分たちを信じてできる限りのベストを尽くし続けたら、同点になっていた、勝っていた….という..こう書いていても感動がよみがえってくるような素晴らしい戦い方でした.
冷静に分析すれば、多分各々のリーグでの状況とそれによるスケジュールの違いがもろに出たのではないのだろうか.リーグも終わり中9日のリバプールに対して、まだ消化しなくてはならないリーグ戦を残して過密スケジュールの中4日のミラン.試合勘が少し鈍っていたリバプールに対して、連戦のミランの方が鋭いものを持っていたのであっけなく前半に3点をもぎ取った.でも連戦のミランはここ何戦かどうしても後半に動きが落ちる、そこに休養充分のリバプールのエンジンがかかってきたら、これも本当に短時間で3点を取り返してしまう.延長やPK戦になって試合が長引けば長引くほどミランに不利になっていった.でも最後はやっぱり長年じっとこの日まで我慢して復活を信じてやってきたサポーターを含めたリバプールの思いが、精神力がクレスポのPKを阻止したのだろうと感じました.おめでとう!
今、頭の中に繰り返し浮かび上がってくるのは、後半、逆転の烽火を上げるきっかけになったヘディングシュートを決めた後、そのジェラードがボールを持ってセンターサークルに走りながら、チームメイトやスタンドのサポーター達に「もっと、もっと」と大きなジェスチャーで応援を鼓舞するシーンです.
自分の信じるところを迷わずに、地道に努力する….奇跡だって起こりますね.こんな勝利を僕もしたい.

僕のキャリアで2つ目となる男声合唱団がついに発足し練習を開始した.
一昨年まで約5年間、一つ目となった100名を越える男声合唱団に関わって、トレーニングと演奏の指揮など音楽部分を一手に引き受けてやって来たのだが、ある事情で昨年その役を下ろさせて頂いた.慣れ親しんだメンバー達との別れは非常に苦しい事であったが、音楽を生業とする者の一人として貫き通さなければならないものを感じた以上どうしようもなかった.音楽家でなくてもメンバーの中には僕と同じ事を感じ団から離れていった人たちも何人かいた.
それからのこの一年、そんな仲間達とよく神田の中華料理屋で紹興酒の杯を重ねて喋りあった.気持ちはみんなよくわかるが、一時は3日と開けずに声を出して練習していた合唱ができない寂しさが僕にはよく伝わってきた.なんとかしたい、早くまたみんなで大声で歌いたい….歌う喜び、歌う楽しさ、を知ったこんな仲間達にとっては長い一年のブランクだったと思う.
そしてやっと再開のスタートが切れました.今度の男声合唱団は、以前の100名超に対して総勢10名から始まりました.都内の小さなスタジオ、夕方6時の約束の時間に着いてみるともう、顔を知った仲間が万面の笑みを浮かべながら待っていてくれました.それから一人、二人と集まって総勢10人になったところで練習開始.以前の仲間が5人、彼らが連れてきた新しい仲間が5人.
男声の合唱は普通声の高い順にテノール1、テノール2、バリトン、バスと、4パートにわけてハーモニーを作ってゆく.
高い声や低い声ばかりが集まっても合唱はできない.おそるおそる各人のパートを確かめてみると、ちゃんと4つのパートに分ける事ができました.テノール1が4人で残りの3パートともちょうど2人づつ納まって初回からしっかりハモる事ができたのです.
よく知っている「ふるさと」や、簡単だが男声のハーモニーの素晴らしさをすぐ感じられる「希望の島」という曲などを、おしゃべりをしながら和気あいあいと練習した.驚くべき事に10名で初めての練習で2曲ともきれいにハモる事ができたのです.
あっという間に過ぎた3時間、スタジオから追い出されるように飛び出し、みんなですぐ下のカラヤン広場に降りて行きパブに飛び込む.歌った後ののどの渇きに、また仲間が集まって合唱を再会できたという興奮とが加わっての、高揚したみんなの乾杯の大声とお喋りを聞きながら「やっと戻ってこれた」と心の中でつぶやいたのは僕だけではなかっただろう.
音楽は、それをする人をきれいに飾り、きれいに見せるような衣装でも、お化粧でもないと思う.
音楽はそれを精進する事によって、音符や声、楽器を通して、その人自身をすべて表に出してくれるものです.僕はそう思って音楽を続けてきました.
この新しい合唱団は、ステージに立った30人なら30人、40人なら40人の全てのメンバーが一人一人、生き生きと自分の生き様を表現できるようになる事を目標としたい.