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ブログ倉庫1(2005/4-2014/10)

ピアニストにお礼を言って、続いて劇場支配人室に呼ばれる.ハリー・ニーマン氏は芝居の演出家もするが、劇場支配人としてのキャリアは長いらしく、日本人歌手と仕事をするのは2人目ですよとおっしゃった.聞いてみると初めて劇場支配人として赴任した先の劇場に一人、日本人のバリトン歌手がいて、今でも憶えているが素晴らしい歌い手だったと言う.日本人のアーティストに偏見を持っていないと知って安心した.テーブルの上に秘書の方が作った契約書が差し出され名前の横に「イタリアン・リリック・テノール」と書いてあった.昨日までとのあまりの変化に僕はどこにいて何が起こっているのかしばらく理解できなかったが「ヨーロッパで日本人がイタリア歌手として契約を取った」事は確かだった.「1、あなたは他の国ではともかくここドイツの劇場においては初めての仕事であるから「初心者契約」(Anfaenger)になり、初任給はすべて含んで1,500マルク、2年契約とする」、当時の日本円に換算すると約11〜12 万円ほどだったと思う.「2、今年の出演演目は、プレミエ公演のワーグナー「トリスタンとイゾルデ」の羊飼いの役、ロルツィング「皇帝と船大工」の第1テノール、プッチーニ「外套」の第2テノール、「ジャンニ・スキッキ」は第1テノールのリヌッチォ役..その他…但し、当劇場はすべてドイツ語での上演です」.大丈夫です、今からしっかり勉強しますから…と云おうとしたら「最後に補足条項として、上記契約をつつがなく遂行する為に必要なドイツ語を8月1日の練習開始日までにマスターしてくる事」と読み上げられた.秘書の方の指の示すままに4,5個所にサインをし、ニーマン氏と8月の再会を約束し、かたい握手をして部屋を出る.後で一つ一つ考えてみると沢山の問題があったのだが、ともかくもその瞬間は「ああ、これでヨーロッパに留まれる、日本に帰らないで済む」という感慨が一挙に沸き上がってきたのを思い出す.さらには事務室に連れていかれ細かい専属契約歌手としてのいろいろな説明を受ける.健康保険や諸々の書類作りからドイツの劇場ユニオンへの加入、さらにはこの町で生活する為の部屋を探す事など、すべてこの短い期間にしなくてはならない事を指示され何枚もの書類にサインした.最後にミラノの住所を書き伝えて出かけようとすると、支配人室でも説明を受けたが、外国人就労ビザの問題をもう一度念を押された.外国人の就業者がとても多いドイツは、州や市、町単位で外国人就業者の数が決まっていて、そこに空きができなければ就労できないし、すべての契約もキャンセルされるというものである.当時このニーダーザクセン州では外国人の新規登録の空きが無い状況だと説明を受けた.「ただ、「国立」の劇場であるこの劇場が文化行政上重要なものであるため、ここからの申請は多分優遇されるので大丈夫だと思いますが、万が一という事もありますから」という事だった.しかしこれは僕が頑張ってもどうにもならない問題なので劇場側に頑張ってもらうしかない.事務局長にお礼を言いやはり再会を約束して劇場裏手の楽屋口から外に出ると、そこには青々とした緑に包まれて中世風な小さなお城の形の建物と池の水が夢の中の情景のように広がっていた.というわけで沢山の不安を胸に一大決心をしてミラノからドイツに来てみた、そして一晩明けてみたら僕は西ドイツ・オールデングルグ国立劇場の専属歌手として契約していた.<続く>

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