Blog TenorCup

ブログ倉庫1(2005/4-2014/10)

マエストロ・パタネとの約束が迫ってくる10月中旬、オールデンブルグ国立劇場での慣れないドイツ語の歌唱でちょっと狂い始めていた声を、トレーニングして戻そうという事でミラノのカルボーネ先生の下に里帰りし、2泊3日で毎日2時間近いレッスンをしてもらい、久しぶりに気持ちの良い声が戻って意気揚々とドイツに戻りました.
帰ってから11月のオーディションまでのスケジュールは、すでに幕を開けたワーグナーとロルツィンクの2つのオペラを3,4日おきに本番で歌うだけなので問題はないつもりでした.
しかし環境の変化というものは本当にきびしいもの、声をしっかりトレーニングして、イタリア語でうまく歌えるように戻したつもりでしたが、4日おきとは言っても、習いたてのドイツ語でお客さんの前で全力で歌うわけですから、すぐに歌う言葉のタイミングがドイツ語の狭いものに戻ってしまう.それに北ドイツの秋は早く、10月の中頃からは太陽の傾くのも極端に早くなり、午後3時頃にはもう真っ暗になるほどで寒くなってきます.そんな具合で11月に入った時には、もう体調をどう維持したら良いかわからなくなってしまい、風邪を引いたような感じで、歌の調子が極端に悪くなってしまったのです.
しかし今度のチャンスは千載一遇で、自分にとって非常に重要だし、さらには自分に期待を寄せてくれるマエストロ・パタネの為にも頑張らなくてはと思い、出番のない日は練習室を借りて一生懸命声を出してオーディションに備えました.
そして劇場の休暇を取っての11月のある日、電車に乗って2時間強のハンブルグに向いました.指定されたホテルに荷をほどき、その晩はマエストロ・パタネの振るヴェルディ「運命の力」の初日公演を見、終演後マエストロと食事.
その席で明日のオーディションには、ここの劇場支配人で、2年後にミュンヘンの歌劇場の支配人になる事の決まっている演出家でもあるA.エヴァーディング氏の他に、初日を5日後に控えたニューヨーク・メトロポリタン歌劇場の初のヨーロッパ引っ越し公演ヴェルディ「オテッロ」を振る、J.レヴァイン氏も聞いてくれる約束であると言われた.
そしてマエストロは僕に、とりあえずDr.エヴァーディングに聞いてもらって、ミュンヘンの可能性を第一に考え、レヴァイン氏にはニューヨークでの可能性を聞いてもらおうと言ってくれた.
ここまで言われて、自分の調子がいまいち良くないんですとは言えない.どんな状況でも持てる力で頑張るしかない.<続く>

No Comments :(

Comments are closed.