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ブログ倉庫1(2005/4-2014/10)

マッテウッツィ先生のマスタークラス・レッスンが終わってピークは過ぎたかとも思ったが、今日からは最後の日の修了コンサートの準備をしながら各々がこのセミナーの仕上げにかかってゆく。セミナーの総仕上げという事で、声楽レッスンのレドーリア先生、スパルティートのタラメッリ先生、音楽副指揮のパーイス先生、それに演出のビアンキ先生の皆さんの意見を聞きながら、私と森田先生、それに事務局のラウラ・ロマスコ-Laura Romasco-女史でコンサートのプログラミングをする。学生11人中ソプラノが7人と多く、後はテノール1人とバリトン3人、各々に一番成果の上がったと思うアリアを1曲づつ歌ってもらい、あとオペラ・アンサンブルも組もうと思うのだが、人数が多すぎ、アリアでもう大分時間を使っているので、うまく3,4曲を組めればと考える。ソプラノ同士の重唱はほとんど見つからないので、自然とソプラノとテノール、バリトンとなり、おのずとテノールの負担が大変重くなるため、通訳で手伝ってくれている弟子のテノール、渡辺康君にもアンサンブルだけ手伝ってもらおうという事になった。彼はタラメッリ先生のスパルティートのレッスンの通訳を多く担当してもらっていて、その際とても気さくに色々なシーンのテノールパートを手伝って歌ってくれていたのでちょうどいいという事で、本人も出たいというので事務局にお願いして出演が決まった。結局、アンサンブルとして組み込むことにしたのは、1)「愛の妙薬」の二重唱 “ほんの一言、アディーナ!-Una parola, o Adina-”を増田さんのアディーナ-Adina-と渡辺君のネモリーノ-Nemorino-で、2)「ランメルモールのルチア」の二重唱 “こちらにおいで、ルチア-Appressati Lucia-”を大武さんのルチア-Lucia-と大島君のエンリーコ-Enrico-で、それに最後に「ラ・ボエーム」の3幕の四重唱 “さようなら、甘い目覚めよ-Addio, dolce svegliare-”を宮下さんのミミ-Mimi-、志田尾さんのムゼッタ-Musetta-、加藤君のロドルフォ-Rodolfo-、村松君のマルチェッロ-Marcello-で飾ろうという事でプログラムが決定。各人に伝え、準備などを指示する。2週間分の重たい荷物の中にしっかり詰めてきたであろうステージ衣装の確認もする。夜には先週のオペラ公演シリーズのもう一つの次の公演が初日を迎えるという事で、これもみんな揃って観れる事になり劇場に出掛ける。今年のシリーズのテーマという事か、今夜の出し物もペルゴレージのインテルメッツォ「リヴィエッタとトラコッロ-Livietta e Tracollo-」とオッフェンバッハのオペラ・コミック、「シュフルリ氏は在宅.. -M. Choufleuri restera chez lui..-」の組み合わせで大いに楽しむ。特にオッフェンバッハの「シュフルリ氏は在宅..」という風変わりなタイトルのオペレッタは抱腹絶倒の面白さで大変楽しめた。内容はまさにドタバタ喜劇で、小金持ちのシュフルリ氏の夢だった有名な歌手を呼んでの自宅パーティーでのコンサート、招待状に答えた友人や客が集まる頃になって、3人の歌手に揃ってキャンセルされ困っていると、娘から妙案が…結婚したいと思っている恋人は作曲家、彼に助けてもらいましょう…二人の付き合いをまだ認めていないが、わらをもつかむ思いのシェフルリ氏の前に、…現れた恋人、自分とパパと娘を有名歌手に仕立て上げます。ここからがこのオペレッタの一番面白い所、抱腹絶倒のイタリア・オペラのパロディーが始まるのです。ヴェルディ風はもちろん、ロッシーニ、ベッリーニ、パイジェッロ、他、バロックオペラ風から、レシタティーボ、アリア、アンサンブル等々、いかにもイタリアオペラ風に大げさに見えを切りながら、3人が即興でとっかえひっかえお客の前で、これでもかとパロディーを繰り広げるのです。見ながら考えてしまったのは、この曲自体はフランス語で書かれていて舞台は定かではありませんがフランスでしょう。その中のフランス人達を、今回はSOIの主にイタリア人達が演じているわけで、つまりはフランス人がイタリア人のイタリアオペラをパロディする風景を、イタリア人がフランス語を使って演じているということになります。どういう風に考えて、自分達の芸術、それも自分がそれで名を成そうと努力してるイタリアオペラそのものを、パロディ化しているものを演じようとするのか、とても興味のそそられる疑問で頭がいっぱいになった。

 

bologna7280045昨日に続きW. マッテウッツィ先生のマスタークラスの2日目。11時と15時からの2回に分けて、各学生にとっては2回目のレッスンである。マスタークラスの合間を縫って指揮者パーイス先生のアンサンブルの音楽稽古も他の部屋で組まれていて、アンサンブルのグループごとに出たり入ったり忙しく練習が続く。正念場、ピークで、学生達も疲れたか、廊下を歩いてすれ違っても声が聞こえてこない。エントランス・ホールの長ソファーにうつ伏せで寝ている者あり。そんな中、マッテウッツィ氏が来ている事もあり、SOIに在籍中の歌手達が何人も顔を出しに来る。マッテウッツィや、他のレドーリア-、タラメッリ先生などとおしゃべりをし、我々にも気さくに話しかける。私の方からも、先週のオペラに出ていた歌手を見つけては、オペラを観た感想などをきっかけに色々話してみる。オッフェンバッハの「小さなリンゴ」でカトリーヌ役を演じていたソプラノのアンナ・マリア・サッラ-Anna Maria Sarra-さん、とてもコントロールされた美声の持ち主で、そのティンブロ(声の輝き)が素晴らしくて、演技のモダンさ、フランス語の自然さなどとも相まって、一瞬にしてファンになってしまいました。話してみると彼女の歌同様とても頭の良い人の印象で、目の輝きと短髪のブロンドが素敵な若者でした。彼らは好きな時に来て声を出したり、勉強したりしているようで、時々他の部屋から素晴らしい歌声のテノールやソプラノが聞こえて来て、そんな時はソファーで寝そべっている者もむっくりと起き上がり、みんなで耳をそばだてたりしていた。マッテウッツィ先生のレッスンを聞いていたら後ろから声をかけてきたのが、やはりオペラに出ていたバリトンのマッティア・カンペッティ-Mattia Campetti-君、イタリア人。先週の舞台では二つのオペラにそれぞれ歌わない役と、主役のバリトンで出ていて、美声の持ち主、プラス大変な芸達者であったが、休憩の中での衣装の取り換えだけでなく、役柄の切り替えに伴って、イタリア語からフランス語への言葉の切り替えをも簡単そうにこなしていて大変印象深かった歌手です。話してみると人柄もとても気さくでしたが、我々の学生達の歌う声、特に日本のバリトンが気になるようで、そのレッスンを食い入るように聞いていて、歌が終わると私の方を見て「すごい声だ!信じられない」という風に首を盛んに振って大きな興味を示していました。彼のように興味に集中をして絶やさずにいる事は案外重要な事であろうと思う。彼はSOIの中でこの1年間で一番伸びた歌手だとスタッフが話していたのを思い出したので、彼に聞いてみるとその原因は我々が今回受講しているソプラノのレドーリア先生の影響が大きいという事、彼女の教えで声が大変安定し伸びるようになり自信を持って歌えるようになったと答えてくれた。このSOIの講師の雇い方が非常にはっきりしていて、声楽のコーチなどにおいては特に、短い契約の期間でのある程度のはっきりした結果や、ポジティブな評価がない限り、すぐに代わりのコーチに交代させられるというのである。そういった意味で見ると、レドーリア先生は、現在この研修所にて一番結果を残している声楽コーチであるということである。すでにデビューを飾ったりして活躍している歌手などのレベルでの話である、そのレベルでのはっきりした判断ができる人材、プロ達が揃っているという事であろう。

 

さていよいよウイリアム・マッテウッツィ先生のマスタークラスである。伴奏をしながら通訳をしてくれるのは彼と共演の機会の多い小谷彩子先生。マッテウッツィ先生は非常に知的なテノールで、実声で3点Fを出すその音域の広さと、ロッシーニのスペシャリストとしてだげでなくバロックからベルカント、ロマン派、現代作品までのレパートリーの広さを特徴としている、ボローニャ生まれの世界的な名歌手である。彼は教える事も大変好きで世界中で、しっかりした発声理論にも基づいた沢山のマスタークラスを持っています。自分の故郷という事で、ジーンズにTシャツ、ジャケットという大変フランクな感じで登場、緊張して待っている学生たちを簡単にリラックスさせ、とても愛情のこもった語り口でレッスンしていただいた。若い勉強中の歌手たちにとって、実際に今、大きな舞台の上で歌って輝いている歌手を前にすることほど興味を集中させる対象はないであろうと思う。昨日までとは皆の眼の色、輝き方が違って、彼の一挙手一投足、一言も、絶対見逃すまい、聞き逃すまいとつばを飲み込んで見守っている。ある程度のレベルまで達した歌手の上達を願う時、レッスン室などでのレッスンを通してテクニック、アイデアなどを研ぎ澄ませてゆく作業に比べて、数段効率が上がるとおもうのが、実際のステージ、舞台上で演奏することである。音を、歌を、表現を「研ぎ澄ましてゆく」という言葉にも表れているように、まさに究極の緊張感、集中の中での音、歌、表現だけが舞台歌手としての次のステップを与えられるものだとも思っている。そういう意味では、このマスタークラスは室内でのレッスンの場ではあるが、世界的な歌手を前にしての究極の緊張感と、その人に自分の一番良い声、歌を聞いてもらいたいという集中力が重なって、「研ぎ澄まされてゆく」事が出来るのかとも思う。先生とは違う声種の学生も含めてレッスンを受けた全員が、何かに集中してやり終えたという達成感のような表情を浮かべていたのが印象的であった。

 

さていよいよSOIでの2週間のセミナーも後半に入る。明日の火曜日からは今回の目玉でもあるテノール歌手W.マッテウッツィ氏による待望の声楽マスタークラスが始まるが、その前に今日から新しく、オズヴァルド・サルヴィ-Osvaldo Salvi-氏の俳優術演習の次のレベルとしての、オペラ・アンサンブルの立ち稽古-Laboratorio scenic-musicale-が、ミラノ・スカラ座の演出家であるマリーナ・ビアンキ-Marina Bianchi-女史を講師に迎えて始まる。それに毎日の声楽レッスンとスパルティートのレッスンが再開される。さらに、これは研修所側が今回の学生たちの実力を確かめてから提案してきたのだが、当SOIの副校長ともいうべき立場の副指揮者、マッテオ・パーイス-Matteo Pais-氏によるアンサンブルの音楽稽古-Probe di sala-が追加されるということで、みんな始まる前からいよいよ正念場だという覚悟の見える頼もしい面持ちになっている。午前9時半からレオナルド・スタジオ-La sala proba S.Leonardo-でのビアンキ女史の立ち稽古のピアニストは小谷彩子先生、通訳として森田先生にお願いして始まる。例によってこの演習も時間が限られているため全3回で組まれている。そのためビアンキ女史は我々のレッスンを前週に前もって聞きに来てくれ課題を用意してくれた。学生達がレッスンを受けているアンサンブル、「愛の妙薬-L’elisir d’amore-」、「トスカ-Tosca-」、「道化師-I Pagliacci-」や、「ランメルモールのルチア-Lucia di Lammermoor-」からの二重唱や三重唱の場面、「ラ・ボエーム-La Boheme-」の四重唱などの他に、「マクベス-Macbeth-」からの群衆の場面なども取り上げ、実際のオペラシーンの立ち稽古が繰り広げられた。

bologna274彼女の歌手たちに対するアプローチはとても分かりやすく、多くの言葉を必要としない、まさに彼女の身体全体からでる非常に的確な表現によって、少し離れて見ている私の場所でも、その的確な指示が演技者に伝わり、それによって演技が変わってくるのがよく分かり、彼女の演技指導者としての能力の高さが認識できた。外で見ている私などには、学生達が魔術にかかったようにステージ上でその役柄になってゆき、他の演技者との有機的な繋がりが美しく出来上がってくる様が確認でき驚きの声を上げたほどだったが、当の演技者たち、学生達には、その変わったという自覚がそれほどはっきりは感じられなかったというのを聞くに及んで、自分が演技する事と、その演技を演出する事との違いがはっきり認識でき、改めて演出家という人種の神髄が垣間見れた感じがした。

 

さてボローニャに着いて早一週間が過ぎ、あっというまの休日である。研修所でのレッスンが忙しく、休日の予定など皆誰も立てるどころではなかった。全員「骨休め」という感じであったが、目が覚めて遅めの朝食を取る頃になると、やはりそこは若者、いろいろ言いだした。もし行きたい人がいたら連れてってあげるよ…と、昨夜の別れ際に森田先生からフィレンツェ-Firenze-行きを誘われていたのを思い出し、さっそく半数ほどの学生がまとまって森田先生に電話して約束を取り付け、支度をして出て行った。私の方は半日ぐらいは骨休めしたかったので、あえて学生たちとは別れて車でどこかにドライブに行こうと決めていたのだが、お金がないのか本当に疲れたのか分からないが、食堂に残って手持無沙汰にしているバリトンの松村君とテノールの加藤君に声をかけると、ぜひ連れて行ってくれという事で、男3人でのイタリアン・ドライブという事になった。目的地はあまり遠くなく、日曜日でも余裕で帰ってこれそうな、アドリア海岸のロッシーニ-G.Rossini-の生地、ペーザロ-Pesaro-に向かおうと決める。留学時代、何度か友達と車で夏休みに出掛けた懐かしい海岸の美しい街で、ピアニストのポッリーニ-Maurizio Pollini-氏などが中心になって立ち上げた「ロッシーニ音楽祭-Rossini Festival-」が始まる前は、中庭にロッシーニ像のある音楽院と彼の生家などだけが、意外とあっさりと道端から見つけられた印象があったが、それ以降のロッシーニ・ブームの結果か、今回、町の中心地に行くと町中ロッシーニ一色という感じで、春から続く音楽イベントの幟とポスターで一大観光地と化しているように見えた。しかし南イタリア独特の透明感高く澄み切って、湿気を感じさせない空と海の、その真っ青な中に包まれると、身体の底からの解放感が湧きあがってきて、とても懐かしい場所に戻ってきたような錯覚に陥った。何枚かの写真は撮って、イタリアの海の食材を並べたランチも堪能したが、あとは何もせず、街をぶらつき、時間で、来た道を戻ってきた…まさに骨休めとなった。

 

bologna7220013今日はSOIでのレッスンはお休みで、学生たちはノドを休めて、遅い時間から出掛け、あこがれのボローニャ歌劇場のバックステージを見学し、さらには最近新設された「ボローニャ音楽博物館-Il Museo internazionale e biblioteca della musica di Bologna-」の見学をし、夕飯を早めに食べてその後、劇場にてSOIのオペラ公演を観るというスケジュールになった。学生達にとって、本物の劇場のバックステージという、近い将来の自分の仕事場はこういう機会にしっかり見てチェックしたいだろうし、市の他の博物館や劇場内に置かれていた所蔵物を一か所に集めて2004年に新設されたというボローニャ音楽博物館も内容豊富でぜひに見るべきものという事なので、図らずも収穫の多い一日になりそうだ。一方で私は授業・演習のないこの日を利用して、今回は通訳で手伝ってもらっている弟子のテノール、渡辺康君のプライベートなレッスンに付いてピアチェンツァ-Piacenza-まで行って来る事になった。彼の先生、テノール歌手のグラツィアーニ-Maurizio Graziani-氏にお会いして、レッスンを見学しながら、普段のお礼と彼の将来について話してくる事にし、夜にはボローニャに戻り劇場でみんなと合流する約束にした。久しぶりのイタリアでの車の運転は、始めこそぎこちなかったが、すぐに快適なドライブとなった。イタリア中部の穀倉地帯をミラノに向けてひたすら北に走り、ボローニャから高速道路で約2時間、ロンバルディア地方に入ってヴァイオリンで有名なクレモナ-Cremona-や、ヴェルディの生誕地ブッセート-Busseto-の近く、ピアチェンツァに着く。町の中心から徐々に離れて、いくつもの丘を越えて、一段と高く、遠くまで見渡せる丘陵の一画の、ヴィーコ・ヴァローネ-Vico Barone-という素晴らしいロケーションの村にグラツィアーニ先生のお宅はあった。ピアチェンツァの町からのバスは2、3時間に一本ほどしかないという不便なところにいつも通っている渡辺君に聞くと、彼のレッスン時間は、バスで着いた時から次のバスが来るまでだというのです。のんびりした環境での歌のレッスンに自分の留学時代を重ねて思いだした。グラツィアーニ氏は私と同年輩のリリコ・スピントのテノール歌手、私よりも少し重たいレパートリーで「トスカ-Tosca-」、「アンドレア・シェニエ-Andrea Chenier-」、「マノン・レスコー-Manon Lescaut-」などをつい最近までイタリアを中心に歌ってきた歌手で、とてもテノールらしい熱のこもった、それでいて丁寧なレッスンをしてくれていた。渡辺君を預けて3年目に入り、先生の方もそろそろ彼のキャリア作りの心配をし始めてくれていて、我々が帰ったすぐ後に、ここピアチェンツァで演奏会を開き、渡辺君にも出演させ、さらには8月末には知っている劇場マネージャーのもとでの渡辺君のオーディションをもセッティングしてくれているという話し、心から感謝し、安心してピアチェンツァを二人で後にした。ボローニャにとんぼ帰りで戻り、宿に戻り着替えをしてバスですぐ劇場へ。劇場の前でみんなと落ち合いいよいよボローニャ歌劇場へ。最近の大劇場に慣れた目には小ぶりな古いタイプのオペラ劇場に見えるが、堂々として非常に落ち着きのある雰囲気があり、入った瞬間から潤った空気を感じながら、一階プラテアの木製のフロアに並んだ客席の最前列に学生達と座り開演時間を待つ。今夜はSOIの本公演であるが、イタリア南部の小さな劇場や音楽祭などとの共同制作という事で、非常に意欲的なプログラム、生誕300年を迎えたペルゴレージの有名なインテルメッツォ-intermezzo-「奥様女中」と、オッフェンバッハ-J.Offenbach-のオペレッタ「小さなリンゴ-Pomme D’Api-」の組み合わせ、つまりペルゴレージのインテルメッツオからオッフェンバッハのコミックへという、イタリアン・ブッファとオペラコミーク(オペレッタ)を並べた大変洒落た一晩である。他の上演地との関係であろうか、舞台装置のサイズがこの本劇場にとっては少し寸足らずであった事は悔やまれたが、他の上演に関する全ての点において、非常に質の高い上演であった。歌手達から始まって指揮、演出だけでなく照明や舞台上の大道具スタッフなどから、ロビーでのチケット係、案内役まで全てを、SOIの学生たちで作り上げていて、劇場本来のスタッフはオーケストラ団員だけであると聞いて本当に驚いた。舞台上では選ばれた学生たちが非常にレベルの高い現代的な歌唱、演技を繰り広げ、特にオッフェンバッハのオペレッタでフランス語のセリフ・歌を自由に駆使して縦横無尽にオペレッタの世界を作り上げていたのには感嘆した。失礼ながら、イタリアオペラの研修所が、である…このへんに、後ろ向きに伝統的なイタリアオペラを伝承・継承することだけでなく、現在、未来のグローバルな劇場環境を見据えての先進的な歌手、劇場人の育成という姿勢が、この研修所の真の目指すところである事がわかる。夏休み中の学生公演ということもあり、客席が満席になってはいないが、そのような中でもこのような興行を続けていくというところに劇場、地域も含んでのプロダクションの骨太さが見えて頼もしい感じがした。夏時間とはいえ開演20:30で、終演したのが日付の変わる時間では、学生たちも観劇の余韻に浸る暇もなく終バスに急ぐことしかできなかった。

 

声楽とスパルティートのレッスンが続いて、各講師やスタッフ達からは、今回の日本からの若者達のレベルが非常に高くて素晴らしい声の持ち主達だという声が上がっていて、少し安心してはいるのだが、幾つかの日本人特有の問題点も浮き上がりつつあるようだ。もうちょっとはっきりしてから書こうと思う。さて今日は俳優技術の演習の3回目、最後の日である。オズヴァルド氏の演習は非常に興味ある内容ではあるが、まだまだ舞台経験のない今回の学生達ではこなしきれなかったであろうと思う。つまり純粋に舞台上で如何にオーラを放つような存在たり得るのかといった、実際の舞台上での演技術の核心を突いた、非常に内面的な作業・演技を要求する演習だったためであるが、一方では、大学院オペラなどで慣れている学生たちが、今の自分の自然体で表現しようとする方向に対してはオズヴァルド氏の方が新鮮に受け取ったようで、それなりに学生たちを評価してくれていた点が非常に興味深かった。オズヴァルド先生の演習が今日で最後という事で学生たちから小さな扇子の贈り物をして感謝を示す。その後、私と森田先生は昼休みを利用して、今回大変苦労してくれているSOIのインターナショナル渉外担当でディクションの先生でもあるパチェッティ女史と彼女のオフィスで会う。まずはセミナーの進捗状況、今週の流れを見ての来週のスケジュールの検討などを話しあうと、来週早々に予定されているウイリアム・マッテウッツィ-William Matteuzzi-先生のマスタークラスの授業の合間を見て、研修所の副校長で指揮者のマッテオ・パーイス-Matteo Pais-先生の総見稽古を組み、セミナー最終日の修了コンサートに向けて準備したいと提案を受ける。うれしい悲鳴を発しつつよろしくお願いする。またフリーの自習日となっていた明日の土曜日についても、ボローニャ歌劇場の内部ツアーと、新設されたボローニャ音楽博物館の見学、それに夜のSOIオペラ公演の観劇を学生たちの為にセッティングしてくれる話を聞き二人して大喜びをする。我々の方からは、来年9月のボローニャ歌劇場の日本公演についての情報を聞き出し、その来日メンバーに大学に来てもらってのレクチャー・公開レッスンなどをしてもらう可能性があるかどうか知りたいので、できれば歌劇場の上層部の人物とのコンタクトをしたい旨お願いしてみると、彼女はすべてその場でセッティングしてくれ、大いに感謝する。明日の公演のためのG.P.が今夕あり、彼女はフランス語の指導に行くのだが、見に来るかと言われ、森田先生と二人で行くという約束をして別れる。午後からのレッスンを夕方に抜け出し、劇場の職員入り口からパチェッティ女史とともにG.P.の行われている1階のプラテア席に顔を出すと、舞台ではペルゴレージ-G.B.Pergolesi-の「奥様女中 –La serva padrona-」のオーケストラ付きでの稽古が行われている最中で、運よく有名なセルピーナ-serpina-のアリア「私の愛しいおこりんぼさん-Stizzoso,mio stizzoso-」を聞く事が出来た。オーケストラ編成は特別にペルゴレージの時代を意識した編成でもない様子だが、その比較的大ぶりの編成のオーケストラからは想像できない、非常に繊細で、速くて軽い、音離れのいい爽快な響きの伴奏に乗って、一時代前のアメリカ写真雑誌から抜け出してきたような、非常にセクシーな女中セルピーナがベッド回りでその軽快なメロディーを軽々と歌いながら、ネチネチと主人ウベルト-Uberto-に絡む様には、とりあえず圧倒され、研修所のレベルの高さを見た思いがした。我々の近くの客席には、出番でない歌手やスタッフ達が大勢見ているのだが、前の方には演出やスタッフの学生たちに混ざって、今振っている学生指揮者に細かくアドバイスを背中越しにしている、指揮の先生の姿が見え、研修所公演らしい光景かなと思った。

 

ほぼ昨日と同じ内容のレッスン、授業が進む。SOIはボローニャの中心にある歴史的文化財の建物の2フラットを、ボローニャ市から与えられて活動している。中には8つのスタジオがあり、そこを使ってレッスンが行われる。一番大きなバディーニ教室-Aula Badini-は40人ぐらい入る講義室、M.プラデッリ教室-Aula M.Pradelli-は普通の小さなレッスン室で個人稽古などに普段は使われるのでしょう。立ち稽古できるようなスペースのある部屋はない為、オズヴァルド氏の俳優技術の演習は、研修所から10分ほど歩いたバレースタジオのようなS.レオナルド練習スタジオ-La Sala Prove S. Leonardo-で行われた。SOIの独自公演の時の立ち稽古などもここを使っているようである。大切な立ち稽古のスペースが整っていないくて大丈夫なのかとも思ったのだが、よく考えてみると研修所の公演は本番だけでなく練習からボローニャ歌劇場の舞台を使って行われるためである。そうです、オペラの稽古は本来、その本番の行われる舞台を使って進められるものである事を新鮮に思い出しました。

 

発声・声楽のレッスンとスパルティートのレッスンは基本的に毎日あり、10:30-13:30と、14:30-17:30で組まれていて、2組に分かれているが基本、一人、一日に声楽1時間、スパルティート1時間が確保されている。今日からはそれに加えて俳優技術-Tecnica attoriale-という演技の授業が加わってきた。講師はオズヴァルド・サルヴィ-Osvaldo Salvi-氏、非常に厳しい現役の俳優である。各グループ90分が3日間続く演習である。

 

内容的には初日と同じ、午前中のディクションと、午後の2種のレッスン。昨日からのディクションの講師パチェッティ女史は才能あふれた女性で、フランス語、英語も使うバイリンガル以上のマルチリンガル才女。学校のスタッフと同時に、ビジネス関係の仕事もしているようである。午後からの講師を紹介すると:声楽レッスン-Tecnica e cultura Vocale-はソプラノ、ロゼッラ・レドーリア-Rosella Redoglia-先生。年齢的には50台か、ソプラノ・リリコの声で、「トスカ-Tosca-」や「アイーダ-Aida-」などをレパートリーの主とする、まだまだ現役の人気ソプラノである。基本的な身体の支えの事と、唇周りの筋肉の使い方などに集中してがまん強くとても丁寧に教えてくれる。ソプラノのみでなく男声にもうまくフィットした教え方のようで楽しみだ。レドーリア先生のレッスンの伴奏をするのは、今回のセミナーを実現するのに一番骨を折って頂いた、昔の私の伴奏者、ピアニストの小谷彩子さん。日本での活動の後、ローマに渡り活動していたが、一昨年の正月過ぎからこのSOIの開校に合わせて、スタッフとして引き抜かれ中心的なコルペティ、ピアニストとして活躍している。スパルティート-Studio del spartito-を教えてくれるのはイタリア人男性のピアニスト、ビンチェンツォ・タラメッリ-Vincenzo Taramelli-先生。ミラノから通ってきている。SOIの校長のトゥリオラ-A.Triola-氏が長く芸術監督を務めていたジェノヴァのカルロ・フェリーチェ劇場-Il Teatro Carlo Felice di Genova-に長く務め、トゥリオラ氏に請われて創立時からここで務めているという。やはり50台後半か、私のミラノのヴェルディ音楽院-Il Conservatorio G. Vedi di Milano-時代の仲間たちをたくさん知っていてとても話が合う。昨日と今日でディクションの授業は終わり、明日からその分、俳優技術とも言うべき授業が、レッスンの合間に入ってくる。