1975年9月14日、オールデンブルグ国立劇場が新シーズンをオープンさせた。プレミエレ公演はワーグナーの歌劇「トリスタンとイゾルデ」、僕は羊飼いの役で無難にドイツでのオペラデビューを果たした。しかしそれから一週間もしないで、今度は自分にとって大事な準主役としての、オベールの3幕オペラ「フラ・ディアボロ」の再上演のステージに臨んだ。
前年にも上演されているこの喜歌劇は、出演者全部にセリフがあり、他のメンバーは「あうんの呼吸」で歌い、演技している。そんな中で日本人の私とアメリカ人のソプラノ歌手、フラン・ルバーンが「Anfaenger」(新人)として頑張ろうとしていたから大変だった。
一ヶ月間は私と彼女だけの集中稽古だけだったので、二人は公演の5日ほど前に残りの出演者達に初めて通し稽古で会った。その通し稽古や最終のステージでの稽古でも、再演ということで慣れている彼らは、もらった台本どおりにセリフは話さないし、アドリブだらけである。セリフはころころ変わるし、僕等が歌いかけようとしてもそこには誰も居なかったり、誰がどの役かもわからない。なんという事だ、初日がせまっての最後2回ほどの稽古はこんな緊張でパニック寸前の状態で過ぎていった。
そしてついに初日。幕が空き、一生懸命歌った。緊張した出番も一区切りついたと思い、舞台袖で汗をかきながら深呼吸をしてほっとしたとき、自然に口からセリフが出てきて舞台上の音楽に合わせて歌っていた。舞台監督が飛んできた。「お前何やってるんだ!」。その瞬間、自分が歌うデュエットを舞台裏で歌っていたことに気付いた!
愛の二重唱を舞台で一人で歌っていた恋人役のフランの元へ、歌いながら登場し、なんとか終演した。この時の失敗はその後、日本に帰ってからも準備不足のオペラの本番前などにいつも夢に見るようになった。”罰金”をしっかり給料から引かれたのは言うまでもない。後にも先にも、これが最初で最後の大失敗だった。<続く>

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6月
