さていよいよウイリアム・マッテウッツィ先生のマスタークラスである。伴奏をしながら通訳をしてくれるのは彼と共演の機会の多い小谷彩子先生。マッテウッツィ先生は非常に知的なテノールで、実声で3点Fを出すその音域の広さと、ロッシーニのスペシャリストとしてだげでなくバロックからベルカント、ロマン派、現代作品までのレパートリーの広さを特徴としている、ボローニャ生まれの世界的な名歌手である。彼は教える事も大変好きで世界中で、しっかりした発声理論にも基づいた沢山のマスタークラスを持っています。自分の故郷という事で、ジーンズにTシャツ、ジャケットという大変フランクな感じで登場、緊張して待っている学生たちを簡単にリラックスさせ、とても愛情のこもった語り口でレッスンしていただいた。若い勉強中の歌手たちにとって、実際に今、大きな舞台の上で歌って輝いている歌手を前にすることほど興味を集中させる対象はないであろうと思う。昨日までとは皆の眼の色、輝き方が違って、彼の一挙手一投足、一言も、絶対見逃すまい、聞き逃すまいとつばを飲み込んで見守っている。ある程度のレベルまで達した歌手の上達を願う時、レッスン室などでのレッスンを通してテクニック、アイデアなどを研ぎ澄ませてゆく作業に比べて、数段効率が上がるとおもうのが、実際のステージ、舞台上で演奏することである。音を、歌を、表現を「研ぎ澄ましてゆく」という言葉にも表れているように、まさに究極の緊張感、集中の中での音、歌、表現だけが舞台歌手としての次のステップを与えられるものだとも思っている。そういう意味では、このマスタークラスは室内でのレッスンの場ではあるが、世界的な歌手を前にしての究極の緊張感と、その人に自分の一番良い声、歌を聞いてもらいたいという集中力が重なって、「研ぎ澄まされてゆく」事が出来るのかとも思う。先生とは違う声種の学生も含めてレッスンを受けた全員が、何かに集中してやり終えたという達成感のような表情を浮かべていたのが印象的であった。